古文書仏教関係●文化2年写本 最高 恵空師 和讃法話録 31丁 2183

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この本は、前半21丁が恵空大講師法話 和讃要辨秘蔵記となり、残り10丁が同二六初夜批判 深励大講師演説となっています。光こう遠おん院いん恵え空くう師(1644~1721)は東本願寺教団における僧侶の修学機関である学寮の初代講師に位置づけられる人物です。その生涯については、享保7年(1722)1月22日に弟子である慧え暁ぎょう(1677~?)が執筆し終えた『恵空老師行状記』から知ることができます。 恵空師は、正保元年(1644)5月15日に、近江国野洲郡金森の善立寺(京都教区近江第四組、滋賀県守山市)で生まれました。父は信空と言います。 寛文元年(1661)、18歳になった恵空師は、幅広く仏教を学びたいと思い、比叡山に登って3年間学びます。しかし真宗の教えに立ち返ろうと決意をし、比叡山を下りました。それはあたかも親鸞聖人のようであると、慧暁は記しています。 その後、京都で誓源寺の円智(?~1669)のもとで宗学を学びました。東本願寺14世琢如上人(1625~71)の信任も厚かった円智は、宗門の中でも秀でた人物であると、恵空師を琢如上人へ推薦します。そして寛文10年(1670)2月頃、27歳の恵空師は、宗学での功績から、堂僧(御堂衆、堂衆)として「出堂給仕」することとなりました。翌年10月には、本山御堂での法談が許可され、教えを請う人々が数多く参集するようになりました。出典:真宗教化センターしんらん交流館近世の東本願寺教団における僧侶養成機関である学寮の第5代講師に数えられる香こう月がつ院いん深じん励れい師(1749~1817)は、越前国坂井郡蓑浦(福井市蓑町)の碧雲寺(のちに大行寺と改称)で生まれ、同国坂井郡金津(福井県あわら市)の永臨寺へ養子として入寺し、のち同寺の住職となった僧侶です。 香月院師は京都の学寮で講義を行う一方、学寮講者であった時期においても、毎年12月半ばから2月半ばまで、住職をつとめる永臨寺へ下り、往復の行路、そして自坊滞在中も、自坊のみならず西本願寺末寺や門徒宅にて法話・法談を活発に行いました。このように、民衆教化にも積極的に取り組んでいたのです。 香月院師のもとには「垂すい天てん結けっ社しゃ」という、41ヵ国にのぼる諸国から1264名の門弟が参集して構成された社中がありました。 一方で、真宗の異端的信仰である異安心や俗人による教化活動など、教学・教化をめぐる問題が生じた場合、その対処に苦慮しつつ、学寮講者として熱心に対処しました。 しだいに高倉学寮とその学寮講者に、宗門における教学・教化の体制が一元化されていきますが、そのような高倉学寮を中核とした安定的な学問の体制は、この香月院師の時代に大成されたのでした。出典:真宗教化センターしんらん交流館
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